“Global Leader Story“ vol.6 小西謙作

元キヤノン 東南アジア/南アジア地域統括会社 社長

 日本で生まれ育ちながらも、グローバルな仕事環境で大活躍するリーダーのストーリーを発信する「グローバルリーダー・ストーリー」。

 6回目のグローバルリーダーは、元キヤノン株式会社理事であり、キヤノン東南アジア/南アジアの地域統括会社の社長を務めた小西謙作氏。1978年にキヤノン株式会社に入社。キヤノン在籍40年のうち約30年を海外駐在員として過ごし、そのうち17年にわたって現地法人の社長を務める。シンガポール駐在時には、シンガポール日本商工会会頭も務め、社内外のネットワークを構築。キヤノン引退後も、コーチングやオンライン講座を通して駐在員支援を行う。オーストラリア、アメリカ、シンガポール、香港、インド、マレーシア駐在での経験を通して改めて感じる駐在員としての心得、そして駐在員の成功について語ってもらった。


 初めて海外駐在を経験したのは1982年。当時はまだ海外旅行が誰の手にも届く時代ではなく、自分も初赴任地のオーストラリアに行くまで1度しか飛行機に乗ったことがなかった。たまたま新卒で入社したキヤノンは早い段階から海外販売に力を入れている企業で、海外での売上高比率も60から70%というグローバルに強い企業だった。事務系社員の1/3から半分程度は遅かれ早かれ海外駐在を経験。自分から猛烈に海外駐在を志望したわけではなかったけれども、せっかくキヤノンの社員になったのだから、小さな歯車で企業人生を終えるのではなく大きな歯車となりたい、そして自分が回ることで周りも大きく動かしたいという思いは入社時からあった。だから海外駐在の辞令は喜んで拝命し、大きな希望をもってオーストラリアへ渡った。

 オーストラリアのオフィスは日本人が10人、ローカルスタッフが400人の中規模な事務所だった。今振り返れば、自分の成長にはぴったりなサイズ感のオフィスだったと思う。自分のやったこと、そしてその影響をこの目で見ることができた。英語が得意ではなかったから、仕事をこなすには人よりも時間がかかったが、仕事がとても楽しくて残業も厭わず必死で働く。ある日、オーストラリア人の同僚から「自分の時間を犠牲にして、どうしてそんなに働くのか?」と尋ねられたことがある。ふさわしい答えが見つからず、思わず口から出たのは「うまいものを食べるため、ゴルフをするため、広い家に住むため」という実利的な理由。それを聞いた同僚は「うまいものも、ゴルフも、広い家もすでに手の届くところにあるじゃないか。それが目の前にあるのに拾わないのは自分の選択ではないか」と厳しい指摘を受けた。その時に、日本とオーストラリアの考え方の違いを思い知らされた。

 

ビジョンを定めることの大切さを知る
アジア3カ国での現地法人社長時代

 2001年からシンガポールの国内販売会社の社長を務めた。大事にしていたのは現地法人の明解なビジョンを持ち組織運営をしていくこと。そのビジョンを発信し、日本人駐在員だけでなくローカルスタッフも積極的に巻き込み、彼らをインスパイアさせていくプロセスを築き上げるように尽力した。

  2004年には香港の現地法人の社長に異動。ちょうどアジアの統括が香港から北京にうつったタイミングだった。スタッフは香港がアジアの中心拠点であることに誇りを持っていたのだが、拠点が北京に移ったことで意気消沈。事務所の中に覇気がなくなっていたように感じた。そういう雰囲気の中で社長として就任した自分は「何を真っ先にしなければならないか、具体的にどう行動するか」を考えた。北京に拠点は移ってしまったとはいえ香港は経済発展も顕著。また中国本土との関係を考えても香港はとても重要だった。そこで「香港はアジアの販売会社のロールモデルになるんだ、みんなでやっていこうじゃないか」というワンチームの意識を社内で高める方針をとった。タイミングよくペニンシュラホテルの裏に巨大なネオンサイン広告を出す話が浮上。膨大な経費がかかる大プロジェクトで困難も多かったが、このネオンサインが香港島に向けて輝いた時には社員全員がとても喜んだ。彼らのキヤノンに対する誇りを取り戻すことができた思い出深い仕事のひとつだ。

 2007年にインドに異動。本社からは成長を大いに期待された。前任者のイギリス人社長は保守的な思考の持ち主でボトムラインは抑えていたが、成長は数%で留まっていた。それをインドの経済発展の規模に合わせて大胆にも数十%まで上げていこうというビジョンを立てて会社経営をした。

 2012年に地域統括会社の社長として再びシンガポールに異動。シンガポール、香港、インドと3つの国で現地法人の社長を務めたが、地域によって会社の経営は大きく異なり、共通するひとつの型のようなものは存在しない。だからこそ、その土地を取り巻く固有の要因を鑑みながらビジョンを持って柔軟に経営することが重要だ。ではどうやって、そのビジョンを確立するのか。

  

現地法人の運命を決める
ビジョンはローカルスタッフの理解が肝

 各国でビジョンを立てる時に最も大切なのは、まず0から1に駒を進め、同時にローカルスタッフの理解を得ることだ。完璧な物ではなくお題目のようなもので良いからとにかく最初の一歩を踏み出す。そこから具現化した3年、5年といった中規模目標を定めていく。期間を定めてやりたいこと、会社のあるべき姿を繰り返し発表する。中期で20%の成長を望むなら今年は何をするか。抽象的なビジョンから具体的なものに落とし込んで、ローカルスタッフに刷り込んでいくということを繰り返し、社員一丸となって目標に向かう。

 駐在員は3年から5年の短い期間で入れ替わっていくので、時に会社としてビジョンを継続することが難しくなるものだが、そんな場合にはローカルスタッフにキーパーソンを定めると良い。日本人駐在員だけでなく、彼らもまた企業文化を発展させてくれる存在になるのが理想。彼らがその文化を継承できるようにサポートするのも、駐在員の仕事のひとつとも言えると思う。


ローカルスタッフとの信頼関係と
ガバナンス強化のバランスについて

 健全な現地法人経営をするために、ローカルスタッフとの信頼関係の構築することはとても重要なことであるが、一方でガバナンスの強化も軽んじることはできない。一見、相反する信頼関係構築とガバナンスの強化、そのバランスをどうやってとるのか。それは駐在員にとって悩ましい問題かもしれない。しかしこの2つは決して矛盾するものではなく、うまくやればお互いを補完できるものであるし、そのように捉えることが大事だと思う。3拠点で社長をやってきて実感するのは、どこでも不正は起こるということ。とても信頼していた人に裏切られた経験は自分にもある。痛い思いをした後に感じたのは、ローカルスタッフ、日本人問わず、組織内で共に確認し合う仕組みを構築するということ。ガバナンス強化ではローカルスタッフも日本人社員も全員公平に扱い、不正防止の教育を徹底して、仕組みの中でチェックしていくことに尽きる。現地法人であっても日本の会社と同じくらいの管理は可能だと確信している。

駐在時代にはポジンションを使って
社外とのネットワークづくりに励む

 どうやって現地で社外のネットワークを築くのか、その秘訣のようなものを尋ねられることも多い。それは簡単なように見えて誰にでもできることではない。だがローカルの人たちと長く深く継続する関係を育む機会は皆に平等に与えられている。

 まず社内での人間関係について。多様性に溢れている会社の中では、自分とは全く違う見方をする人たちとの繋がりをあえて大切にすること。意見の相違を刺激と捉えれば、色々と得られるチャンスも増えるだろう。

 そして社外との人間関係について。特にアジアというのはネットワークが重視される社会なので、一人がつながると芋づる式に多くの人と知り合いになれる場合が多い。前任者から引き継ぎいだお客様、代理店、そしてパーティー、スポーツやカルチャーイベントなど、ローカルの人たちと出会うチャンスは最大限活かすよう心がけて欲しい。ゴルフやカラオケのような趣味の繋がりが結果としてトラブルに陥った時の手助けやビジネスチャンスにつながることも時々ある。日本だと特に肩書きがないような若い人でも海外に行くとそれなりのタイトルをもらえる。その肩書きを活かして積極的に人間関係を築くと良い。ただし、そういった人たちとの付き合いでは、自分の考えをきちんと持つことが大切。特にビジネスにつながった時に「本社に聞いてみないとわからない」というのでは、相手もがっかりしてしまうものだ。「この人は決められる人である」「実行力のある人である」と思ってもらえるよう心がけること。ローカルの人たちと付き合う時には、自分の考えがあり、それを明確に発言できる人かどうか、というのが重要な鍵になることを肝に銘じるとよい。



この30年を通して考える
変化し続ける駐在員の姿と成功のかたち

 世の中はこれまでにないスピードで変化し、同時に駐在員のあるべき姿も大きく変わりつつある。これまでは豊かな知識と経験が重用され、誠実に真面目にコツコツというタイプが現地での信頼を得ていたが、今はそれだけでは足りない。現代は多様性に対しての柔軟性が求められているのだ。これまでの枠を壊す、違う方向から商売をする、時にジャンプしたりして、不確実性に対して怯まず迅速にビジネスを拡大できる人材が求められている。

 かつてシンガポールにいた時、それまでのやり方を踏襲してキヤノン製品を売っているだけでは成長の限界が見えてきて、ノン・キヤノンプロダクトを売る決断をしたことがある。オフィスの会議室を運用するために作った社内用システムを外販したのだが、一度、既定のやり方を壊してみると、新しいアイデアを取り入れやすくなるもので、次は中間管理職を育成する教育システムの外販にも繋がり、ビジネスが大きく成長した。「そんなものが売れるのか?」という声もあるなかで、不確実なところにも出ていくチャレンジ精神が会社全体の利益につながった良き例だ。

 会社の成長というのは、理想の姿に必ずしも沿うわけではない。しかし、ビジョンとして理想を掲げながらチャレンジする意気込みを皆に見せ、そのプロセスにローカルを巻き込めば結果は残せる。そのためにもローカルスタッフと喜怒哀楽を共に、信頼し合える人間関係を作ること。それは自分にとっての財産だけでなく、ローカルスタッフにとっての財産になる。駐在員の成功はそうした人間関係にあるのではないかと感じる。

  【文】黒田順子

Aun Communication のコメント:

 グローバル人材育成の第一人者である早稲田大学の白木教授の調査によると、海外に派遣された日本人マネージャーは社外の人脈が少なく、社外との交渉力が低いという。

 Global Leader Story Vol.3 の外山氏も「交渉や打ち合わせで、課題を持ち帰ったり、決断を曖昧にしていては本物の信頼関係は築けない」と言うように、小西氏も相手に「決められる人」「実行できる人」と思われるように行動し、社外のネットワークを広げてきた。

 日本企業の駐在員である以上、上司に相談する、日本本社に確認することは至極当然のことかもしれないが、時にリスクをとった意思決定を自ら行うことも必要かもしれない。そして、その判断がたとえ間違っていたとしても、上司や日本本社から許容されるような関係性を日ごろから構築しておくことが重要だろう。


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