“Global Leader Story“ vol.11 永井啓太

ビームサントリー エマージング アジア ファイナンス&戦略統括

 日本で生まれ育ちながらも、グローバルな仕事環境で大活躍するリーダーの軌跡とマインドを発信するグローバルリーダー・ストーリー。

 11回目のグローバルリーダーは、サントリーのスピリッツ商品を製造・販売するビームサントリーのエマージング アジア地域で、ファイナンス&戦略部門を統括する永井啓太氏。神戸大学卒業後、2000年にサントリーに入社。日本国内で9年間、営業、マーケティングに従事した後に、国際事業部にて海外ビジネスに携わる。2011年にシンガポールに異動となり、今現在も海外駐在中(シンガポール⇒タイ⇒シンガポール)。その間、ファイナンス、セールス、マーケティング、事業企画という異なる領域でシニアマネジメント職を歴任。サントリーホールディングス株式会社の部長職。USCPA、キャリアドバイザー、ワインアドバイザー等の資格を所持

 これまで登場いただいた多くのグローバルリーダーとは違い、日本を代表する大企業に勤めながらグローバルな舞台で働く永井氏。日本企業という枠の中にいながら、どうやって自分らしさを発揮しながら海外でビジネスをしてきたのか、40代半ばの彼が今、考えるグローバルリーダーを語っていただいた。

 「先の見える人生ほどつまらないものはない」――それを強く感じたのは大学3年生の時だった。実家から程近い大学に通い、サークルや部活にも入らず、ぬくぬくとした環境の中で過ごしていた。このまま大学に在籍していたら、きっと日本の金融機関かメーカーあたりに勤務して、夢も得意技もなくサラリーマン人生を淡々と過ごすのではないか、そんな将来の姿がうっすら見えた時、自分の中の「アラート」が鳴った。このままでは人間としての牙が抜ける、そんな危機感を覚えたのだ。このままで良いわけがない。自主的に動かなかったら生きていけない世界でしばらく暮らし、自分を崖っぷちに立たせることで奮い立たせようと考えた。

 選んだのはオーストラリアでのワーキングホリデー(ワーホリ)。自分は英語が大嫌いで、英語がまったく話せない。だからこそ、自分をあえて英語の環境に置いてみようと考えて大学を休学し、バイトで稼いだわずかな現金を掴んでオーストリアへ飛ぶ。日本からホームステイ先も英語学校も申し込まず自分の生きる力を鍛える1年間の旅だった。英語ができない自分が働ける口などほとんどなく、資金が底をつかないように、安宿で肉体労働のアルバイトをして経験できる時間を長らえる。

 自分の生命力を試すような1年間を経て、日本に帰国した後の就職活動は、今思えば、かなり強気だった。就職などしなくてもいいのではないか? という一片の思いが脳裏をよぎったが、幸運なことに面接で出会った人に惹かれてサントリーに入社を決める。この人と一緒に働きたいという直感が働いたのだ。

 

社内公募「キャリア・チャレンジ」に挑戦
王道のキャリアパスから一歩踏み出す

 入社後は一般家庭用の酒類の営業に携わり、コンビニエンスストアなどへの営業を経て、事業部(マーケティング部)に移るという、サントリーでは正統的なキャリアパスを歩むことになった。ところが入社して8年が経ったところで、また「アラート」が鳴る。それなりのやりがいもあり、安定した毎日だったのにも関わらず、自分の中で危機感を抱いた理由は2つ。

 1つは、このまま国内営業やってマーケティングに携わって、地方の拠点運営に携わってという退職までの一連のキャリアパスが見えてしまったこと。冒頭にも話したが先の見える人生ほどつまらないものはない。

 そして2つ目は毎日の仕事に刺激が足りなかったからだと分析している。例えば、来年度の予算目標を設定する時に上司から「前年比102%を達成しなさい」と指示される。前年比、2%アップでも3%アップでも大差ないのではないか、と思っていたら102.1%あたりで目標を達成して「よく頑張りました、ちゃんちゃん」という形で終わる。大きなマーケットで動かしている商品だから、2-3%の成長でも売上はそれなりに増えている。でも新しいことにチャレンジして、チーム一丸となって頑張ることによって結果が2倍、3倍にもなるようなビジネスに携わってみたい、と思うようになっていた。サントリーとして海外企業の買収等、積極的に進出を開始し始めた中で、日本から視野を広げて、自分が想定できない世界で挑戦してみよう。ちょうど社内でグローバル部署への異動や海外派遣への道が開かれる「キャリア・チャレンジ」というプログラムが発表され一期生を募集していた。早速応募をして、1年間仕事をしながら英語や経営学を学び、それまでの国内事業からグローバルに社内でシフトする準備を進めた。

 とはいえ、すぐに海外勤務となるわけでもなく、まずは国際事業部に属し、海外拠点からあがってくるレポートを本社の経営企画部に説明する仕事から始まった。丁稚奉公のような形ではあったが、まったく新しい環境、ステークホルダーに囲まれ、サバイブしなければならない雰囲気は自分の性に合っていたと思う。海外でどうやってビジネスが回っているかを学んだ2年だった。その後、初めての駐在へ。シンガポールにある東南アジアの飲料・食品事業の地域統括会社SBFA (Suntory Beverage & Food Asia)へ異動となった。

フェーズ1:37歳
ジョイントベンチャー解消交渉を通して、
海外ビジネスでの自信をつける

 シンガポールは駐在員の初心者コースとも言える環境で、第一歩を踏み出すにはちょうど良かった。最初の2年間はジュニアだし、上司も部下も日本人という仕事場だったので、英語を使う機会があまりなかった。しかし年次が上がるごとに色々なプロジェクトを担うようになり、英語力やビジネス力も同時に上がっていった。そんなタイミングで任されたのが、インド企業とのジョイントベンチャー「サントリー・ナラン社」との合弁解消交渉。人間関係もそうだが、ビジネスでも離婚は結婚よりはるかに難しい。そこには事業買収や新規事業を開始するような華々しさは微塵もない。そんなプロジェクトを課長にもならない自分がリードすることになった。このハードな交渉をまとめるというのは、とても良い経験だった。しかも相手は交渉においてかなり上手のインド人。毎月ムンバイまで夜行便で飛び、地道に交渉すること1年半。時間はかかったが、双方納得のいくディールをやり遂げた。この仕事をやり遂げたことが自分への自信につながり、仕事人生において一つのターニングポイントになった。

フェーズ2:40歳
尊敬できるインド人上司から学んだこと、
正しいことをやれば結果はついてくる

 SBFA内で事業企画に異動し、飲料事業本部を立ち上げる時の企画部ヘッドを担当した。その時の上司は、Shekhar Mundlay(現・サントリー食品インターナショナル株式会社 取締役副社長)。彼こそが仕事人生の師匠である。彼はペプシコ社からきたインド人で、頭脳が冴え渡った刺激的な人だった。東南アジアでサントリーが必要としていた、無数に存在する小さなローカルショップへの販路拡大の明確な戦略を彼が持っており、本社からも一目置かれた存在。彼がすごいのは絶対に諦めないこと。強い信念を持って粘り強く「正しいこと」をやるから、事業はかならず良くなる。彼の部下が「それは非現実的ですよ、無理ですよ」という顔をしていても彼は正しいことを言い続ける、100回言う。

 若い時の自分は、企業で上に昇っていく人というのは、カリスマ性があって運が良いからだと思っていた。しかし、彼を見て「正しいこと」に向けて「正しい方法」で行う、それをすると結果がちゃんと出るということを知った。彼は今、SBF(Suntory Beverage & Food)の副社長になっていて、海外事業をまとめるヘッドになっている。40歳でロールモデルとなる上司に出会えたことに感謝している。海外で働くのであれば上司は日本人じゃないほうがいい、と個人的に思う。上司も部下も日本人だと、やはりお互いに甘えてしまう。外国人と一緒に働くと困難もあるものだが、自身が成長するチャンスである。

フェーズ3:44歳
コロナ禍でも諦めず「正しいことをやり通す」
販売システムの構造改革に励む18ヶ月

 日本ではまったく知られていないが、タイのセブンイレブンに行けばどこにでもあるほど国民から愛されている「エッセンス・オブ・チキン」という商品がある。SBFの子会社、ブランズ サントリー(現・SBFタイランド社)が手がける健康食品なのだが、タイではこの商品とその関連商品の売上げが数百億円もある。

 2019年3月、「エッセンス・オブ・チキン」のタイ国内におけるセールのヘッドになった。日本本社ではただの課長だというのに部下は120名、プロモーターの契約社員は600名。いきなりの大所帯を任された。数百億円の売上の責任を負いつつ、真のミッションは直近数年減少していた小さなローカルショップでの売上を反転させること。サントリー全体の中でも大規模なプロジェクトで社内の注目度も高く、プレッシャーもあったが、Shekharから学んだ「正しいことに向けて正しい方法でやる」ということを忠実に守ることにした。

 この場合の正しいこととは、ディストリビューターを含めた営業構造の改築による営業コントロールの強化、営業データの見える化、そして営業のディシプリン化。その3つをひっくるめて改革プロジェクトを立ち上げ、1年間半かけて取り組む。プロジェクトをキックオフした年末からコロナが襲ったものの2020年10月に新営業体制をキックオフさせることができた。そのプロジェクトチーム全体の努力により、その翌年2021年、そのチャネルへの売上は上昇に転じただけでなく、対前年約50%成長という素晴らしい実績を残すこととなった。コロナ禍という厳しい状況ではあったが、Shekharに教えてもらったように「正しいこと」に向けて諦めずに、辛抱強く、チーム一丸となって頑張ったことが実を結んだのだと思う。この時点で海外生活は10年目。そろそろ日本に戻される頃だと想定していたが、ウイスキーをはじめとしたスピリッツの製造・販売を行うビーム・サントリーのアジア拠点(シンガポール)に異動となり現在に至る。

企業に所属する人間として、
会社の成長に貢献するために心がけていること

 自分はサントリーに所属している人間なので、会社の人事によって所属も変わるし、職種も変わる。自分の思うようにいかないことが生じるのは仕方がない。では予測もしていないポジションに就いた時、例えば突然、海外に放り出された時に、どうやって自分の持つ力を効率よく現場で発揮したらよいのか。2つの方法があると考えている。

 1つ目は知らないことを「知らない」と、知らないことを恥と思わずに聞くこと。自分はそうやって、慣れぬ海外での仕事、かつ過去経験したことのないファンクションの中で生き抜いてきた。知らないこと、やったことないことは、知っている人、経験のある人に部下であろうがジュニアであろうが積極的に聞く、出来るなら任せる。現場で動いている人を頼りにし、エンパワーする。そして彼らが困っている時には全力でサポートする。一緒に働く仲間が楽しく仕事をすることができ、成功体験を共有できることが、自分への一番の報酬だと思っている。

 2つ目は「フェアネス」の感覚を持つこと。日本人だから、外国人だから、ジュニアだから、シニアだからという理由づけは不要だ。違いを尊重してフェアに扱い、フェアに接する。フェアネスがある人はどこに行っても信頼されるし、ビジネスにおいて一番重要なセンスだと実感する。特にアジア諸国で仕事をすると、日本人ばかりでつるみ「あいつはローカルだから使えない」と頭ごなしに否定する人や、たった数年間、海外に駐在しただけで全てが分かったような気になって「だから日本人はダメなんだ」と決めつけるような人が少なからず存在する。広い視野を持った上で、フェアネスの感覚を持てば、そういった考え方は一掃され、お互いの実力を発揮しながら会社の成長に貢献できるのではないか。

 40代半ばなので、これからのキャリアについて、悩むことも当然ある。会社が自分に何を期待しているのか、それに自分はどう答えていくのか。仕事と家族とのバランスも考慮しなければならない。年齢を考えれば、体力満点に働くことができるのはあと10年ほどだろう。自分を育ててくれたサントリーと共に、一緒にもっと大きなことを成し遂げていくために何ができるのか、次なる課題を見据えながら日々過ごしている。

【文】黒田順子

Aun Communication のコメント:

 海外でファイナンス、マーケティング、セールス、戦略と様々な職種のシニアポジション(Director)を務めてきた永井氏。「部下やジュニアであろうが聞く、頼りにする」姿勢は、海外で働くビジネスパーソンは特に押さえておきたいポイント。現地のことは現地の人間が一番知っているし、任された人間には責任が伴う。将来の予測が困難なVUCA時代においては、指示命令型のカリスマ型リーダーシップより、羊飼い型のリーダーシップが求められていると言われているが、永井氏はまさにそのリーダーシップを体現していると思う。

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