“Global Leader Story“ vol.19 金子 俊介

Amazon APACリーダーシップ開発責任者

日本で生まれ育ちながらも、グローバルな仕事環境で大活躍するリーダーの軌跡とマインドを発信するグローバルリーダー・ストーリー。

 19回目のグローバルリーダーは、Amazon SingaporeでAPACのリーダーシップ開発の責任者(Senior Leadership Development Business Partner)を務める金子俊介氏。2003年に三井物産系の専門商社に入社。その後、GEOS、ダイムラー・トラック、キャボット、アクセンチュア、ベイカー&マッケンジー法律事務所と様々な業界を渡り歩き、2021年にアマゾンに入社。6カ国(オーストラリア、中国、日本、韓国、フィリピン、シンガポール)のシニア層へのリーダーシップ開発を担当。累計で5,000人以上にリーダーシップ研修を提供。人事部門の「Day 1 Awards」(アマゾンの社内アワード)を、アメリカ本社以外の従業員として初めて受賞。また欧州の最貧国の一つであるモルドバ共和国への寄付活動も継続的に行い、これまで2億5000万円以上を集めた社会活動家としての顔もある。(2025年7月時点)

 

 海外を意識するようになったのは、中学に進学してからのことだった。東京の公立中学で初めて受けた英語の授業はとても新鮮で、その向こうに広い世界が広がっているような気がした。当時は今のように小学生から英語を学ぶ時代ではなかったから、中学1年生が英語学習の一斉スタートライン。だからこそ、ちょっと頑張って、良いスタートダッシュが切れれば、大きなアドバンテージになる。大好きなNBA(National Basketball Association)のスター選手の最新の記事を英語で読めるようになったら楽しいな、そんな気持ちも英語の勉強を後押ししたように思う。

 成績は順調に伸びた。特に英語が得意だったこともあり、新設校でグローバル教育に力を入れている東京都立国際高校へ進学。だが、そこで思わぬ挫折を味わう。自分の人生の「暗黒時代」と呼ぶに相応しいかもしれない。クラスには流暢な英語を話す海外からの帰国子女生が一定数いた。スピーキングとリスニングで太刀打ちできない英語の壁と劣等感を感じた。そこで「何くそ!!」と一大奮起すればよかったのだが、逆にやる気がなくなってしまい、他の教科にも影響が出てくる始末。やさぐれるままに時間が過ぎていった。

 

一生忘れない夜、自分へ問いかける
「何を学ぶために大学に進学するのか?」

 高校2年生の夏、学校のプログラムでニュージーランドに短期留学する機会を得た。その時に大きな気づきを得ることとなる。

  ホストファミリーのホストマザーに「高校を卒業したらどうするのか?」と尋ねられた。そこで日本では良く知られた大学名を出して、「たぶん、そのあたりの大学に行くと思うよ」と答えた。すると、当然のことながら日本の大学を全く知らない。自分がいかに狭い世界で生きているのかを知った。

 さらに彼女はこう聞いてきた。「その大学に行ったら何が勉強できるの?」 私は言葉に詰まった。知名度が先行した大学選びで何を学びたいのか、将来何になりたいのか、そんな大切な問いを自分に投げかけたことはなかったのだ。続けてホストマザーはこう言う。「うちの子も大学に進学させたいけれど、経済的な理由から進学をサポートできない。だから、もし貴方が大学に進学したら、大学に行きたくも行けなかった子のために勉強を頑張ってね。」

 その晩は知名度重視で大学を選んでいた自分、そして大学で何をやりたいか即答できなかった自分を恥じた。一生忘れない夜であり、大きなターニングポイントになった。

 

奨学金を得て大学を卒業
海外勤務経験を経て、人事でのキャリアをスタート

 浪人という時間は、自分と向き合うには大きな意味をもった。大学進学を考えるうちに、海外の大学に進学したいという思いが強まっていった。しかし、親からは反対され、海外大学に進学したら経済的な援助を一切しないとまで言われる状況。しかし海外進学への道は簡単に諦められない。地元の図書館で手に取った1冊の「海外留学のガイドブック」を読むと、短期留学の機会を提供している日本の大学が多数あることに気づく。その中でもダブル・ディグリー・プログラム(日本の大学に在籍しながら、海外でも所定の課程を修了することで、両方の大学から学位を取得できる制度)を提供していた東京国際大学に非常に魅力を感じ、受験を決意した。海外留学への選抜試験で運良く第1種奨学金を取り、日本の大学の休学中の学費もアメリカの大学も無償で卒業。往復の渡航費まで返済義務のない奨学金で補助されるという幸運に恵まれた。

 そのまま海外で働きたい気持ちもあったのだが、大学の奨学金が「母国での就職」を条件にしていたので、アメリカに残留する選択はなかった。2003年の3月に卒業し、三井物産系の専門商社に入社をする。初年度から海外出張の機会を得たり、海外のビジネスパートナーとの仕事に関わることができてはいたが、更なる飛躍の場を求めて当時、日本のみならず世界の主要都市で外国語学校を経営していたGEOS(ジオス)に転職。2006年からロンドンに拠点を移す。学生時代に身近に感じていた北米やオーストラリアではなかったものの、初めての海外勤務経験には大きな価値があったように思う。西はポルトガル、東はチェコ、北はスウェーデン、南は南アフリカの隣にあるレユニオン島まで、これまで会ったことのない国の人たちと英語を使って仕事をするのは純粋に楽しかったし、世界観が広がったと確信している。2008年に帰国した後に独ダイムラー・トラックに転職。当時、社内MBAと評された副社長レベルへのエグゼクティブ・アシスタントとして3年間、ドイツと日本の大きく複雑に関わり合う組織の中でどのようにビジネスの決断が下されるのかを日々学んだ。その後、人事部へ。ここから今日まで続く、人事(HR)のキャリアがスタートした。

 

組織を超えて、人事のキャリアを磨く
興味関心に素直に従い、経験を積む日々

 巨大なグローバル企業ダイムラーでは、まずはエグゼクティブ・アシスタントになり、経営層の意思決定のプロセスを間近で見て、経営とは何かを肌で感じる貴重な経験となった。中でも印象的だったのは、全国にある販売店店長のシビアな世界と人事の大切さ。店長の営業成績が一定期間にわたって下がると「店長交代」という話が浮上するのだが、社内の雰囲気や従業員のモチベーション、そして新規採用のコストを考えると、交代が必ずしも正解ではない。その店長のマインドセットの切り替えを支援することで、パフォーマンスが向上し、結果成功する事例をいくつも見ながら人事の役割の重要さを知った。そして、人事を軸にキャリアを積み上げることを決めた。

 自分の軸として人事を選んだのは、もう一つ戦略的な理由もある、自分は1つの会社に長く勤めるタイプではない。生涯にわたり複数の企業をわたり歩きながらキャリアを築くほうが自分らしい。であるならば専門性を決めて、そこに磨きをかけたほうが良いだろう。「どこの会社でも必要とされる人事部門で専門性を極めよう」、そう考えたのだ。

 ところが当時の日本は「人材開発」「採用」などと人事業務が細分化される傾向にあった。しかし私は制度設計から組織開発、レイオフや退職金制度の改定、労動組合との交渉まで、“人事のフルライフサイクル”を経験したかった。そこでダイムラーでは、上司に頼み、できる限り様々な人事業務を横断的に携わらせてもらった。人事というフィールドの中で、多くのことを知り、経験していく中で、3年間をかけて人事の中でも「人材育成」を自分の専門性にする目標を定めた。

 その後も自らの意思で転職を重ねた。アメリカの化学品メーカーのキャボット社をはじめ、大手コンサルティングファームのアクセンチュア、大手法律事務所のベイカー&マッケンジー……業種や企業規模にはこだわらず、人事(HR)の仕事に従事した。採用から退職までを一貫して担当したこともある。短いスパンで会社を変えるのは、特に日本でのキャリア形成にはリスクでもあっただろう。しかし自分は、「人事の引き出しを増やしたい」「もっと経験を積みたい」という一途な思いを持ち、進み続けた。

 

アマゾンへの転職。
「何ができるか」が採用のすべて

 アマゾン社の求人情報は前々から紹介されていたのだが、実はあまり興味関心を持っていなかった。大量採用と大量解雇を繰り返す組織、まるで空母のような大きな組織----それがアマゾンに対する当初の自分が持つイメージだった。それでもなお、就職先としてアマゾンを選んだのはハイヤリング・マネージャーとの出会い。採用面接前のカジュアルな面談の時のこと。仕事の合間だったのでジャケットを着ていたら彼女にこう言われた。

 「あなたがどんな高い時計をしてようが、どんな香水をしてようが私たちは一切気にしません。ただ、あなたが何をできるのかだけを証明してほしい。もし次の面接に進むことになったら、あなたがいつもの自分らしくいられる服装で来てください」。

 身なりではなく、何ができるのかにしかフォーカスしていない点に衝撃を受けた。のべ11人と8回のインタビュー、パブリックスピーキングのテスト、トレーニングの実技審査、ライティングの試験など、採用のためにいくつもの試験や面接を経て、2021年2月にアマゾン社の一員となった。

リーダーシップ開発とアマゾン
振り返ることで進化するリーダーの資質

 アマゾンといえばリーダーシップ開発で有名だが、特にユニークだと思うのは、これだけの巨大組織でありながら、たった16個で構成されている「リーダーシップ・プリンシプル」が根幹になっている点だ。しかも、この「リーダーシップ・プリンシプル」が社員、1人1人にしっかりと根付いていて、日々の意思決定に活かされているという事実は評価すべき点だと思う。

 なぜそれが可能なのか? その理由は採用にあるというのが私の持論だ。このリーダーシップ・プリンシプルはオープンになっており、誰もが読むことができる。だから、皆、採用プロセスの時に、しっかりと頭に叩き込んで準備してくる。採用を経て、入社する時に、このリーダーシップ・プリンシプルはすでにその人の体に溶け込んでいる状態なのだ。

 2022年にシンガポールに社内異動して、6カ国のシニア層へのリーダーシップ開発を担当、累計で5,000人以上に研修を提供してきた。リーダーシップ開発チームの中で英語ノンネイティブは自分だけという簡単ではない環境の中、今もリーダーとして、どう生きるべきか、自問自答の日々を送っている。どんなに仕事に慣れても「この言動はその時最適だったのか、もっと上手くできなかったのか」といった自分への問いかけ、つまり振り返りの欲求が枯れることはない。

 この振り返りというのは、リーダーシップ開発においてとても大切な時間である。自分は水曜日の午後3時から30分を「パワー・オブ・ポーズ(Power of Pause)」と呼び、強制的に自分の言動を振り返る時間にあてている。カレンダーをブロックして、何よりもこの予定を優先させているのだ。

 このアイデアは何も斬新なものではなく、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは一週間のうちにミーティングを入れない日を確保して未来を考える時間に使っていたし、AWS(Amazon Web Services)のCTOも水曜日午後にはミーティングの予定を一切入れない。この振り返りの時間は決してランチタイムや就業終了時間後に入れずに、就業時間内に重要な仕事の一部として確保することに意味がある。

「当たり前」を続けることが一番難しい
グローバルに通用するリーダーをアジアから育てたい

 日本人がグローバルで活躍するために、リーダーシップをどう発揮するか。その問いへの答えに真新しいことは何ひとつない。すべて当たり前のことばかりだが、それを継続するのは何より難しい。リーダーシップとは人に対して発揮するもの。その相手が自分と同じ価値観を持っているとは考えられず、むしろ異なる価値観を持っている場合がほとんどだろう。自分とは違うバックグランド、性格、価値観を持った人とどう向き合うか、それを考えることが真のリーダーシップを築くことの基礎となる。必要なのは、固定観念に捉われない様々な考え方を知ること。同じ事象でも見る角度を変えれば、まったく別の事象に見えるものだ。それを理解するために役立つのは、セルフリフレクション(内省)とセルフアウェアネス(自己認識)の向上だと思っている。世にはたくさんのリーダーシップ論の本が出ているけど、特効薬(シルバーブレット)のようなものはないと思っている。セルフリフレクションとセルフアウェアネス。この基本的な二つの習慣を地道に積み上げることが、リーダーシップを高める良き方法の1つであると考えている。

【文】黒田順子(2025年7月執筆)


Aun Communication のコメント:

リーダーシップ開発の第一人者である金子氏自身が、まさに自問自答を繰り返しながら、その在り方を磨いてきた軌跡が心に残るストーリー。リーダーシップは特別な才能ではなく、問いを持ち続ける習慣の先に育つものだと、改めて気づかされる。仕事に忙殺されている時こそ、就業時間内に内省の時間を意識的に設けることが大切なのかもしれない。


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